カテゴリー「四国」の記事

2008年6月27日 (金)

JR鳴門線

040822naruto4710902  JR鳴門線は何度か四国遠征を繰り返しながらもついぞ乗ることができなかった路線で、04年7月の遠征時にも時間の都合で乗れずに四国で唯一乗り潰しができていない路線となっていた。喉に小骨が刺さった状態で、四国から帰って、再び遠征を企てて鳴門線乗り潰しを決行したのは04年8月22日。この年は夏に東北遠征を行い、JR完全制覇が目に見えてきた年でもあったため、四国に残る鳴門線を早めにつぶして四国統一を目指すことにした。18きっぷを使用し、岡山からマリンライナーで四国入りし、高松で短い乗り継ぎ時間を利用して讃岐うどんを食して、鳴門線を目指して高徳線を南下していく。生憎の天気で途中徳島に入ってからは大雨が降るという最悪のコンディション。池谷に着いた時点では小降りだったものの、雨中の中鳴門までのミニトリップを楽しんだ。私が乗車した列車は池谷発着だったが、徳島都市圏輸送を担うこともあり、池谷から徳島方面へ直通する列車も多いようだ。鳴門から徳島への交通はやはりクルマの利便性には勝てないだろうし、バス路線も発達している模様。徳島市内の交通自体が鉄道は眼中に入っていないようなので、鳴門線のテコ入れは相当難しいと思われる。それでも沿線環境はローカル線としてはまだ利用者が少なからずいるというところもあり、テコ入れ次第では利用者も増やしていけそうな感じがする路線だ。徳島方面へ直通する列車を快速化するなどして、速達列車を頻繁運転すれば、まだまだ利用価値のある路線に変身するのではないかと思う。

 鳴門線を往復して帰路は、18きっぷから離れて徳島から大阪駅前まで高速バスに乗った。観光バスは何度も乗っているが、高速路線バスに乗るのは生れて初めての経験だった。座席の狭さには驚かされたが、さすがに徳島からだと高松を大回りしなければならない鉄道よりも速かった。座席の狭さと神戸・大阪市内での渋滞に引っかからなければ十分使い物になると思われ、こと大阪対徳島間では高速バスの利用が一番便利だと実感した。

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2008年6月25日 (水)

伊予鉄道市内線

040719iyotetsubottyan19  伊予鉄市内線には99年2月の四国遠征時に松山駅前から道後温泉の間を中心に乗車している。この時は全線乗り潰しをするつもりはなく、松山城や子規堂で坊ちゃん列車の客車を見学したり、観光を中心に松山を巡っている。学生時代にはどちらかといえば鉄で乗りまわすよりも観光をしながら鉄をすることが多かった。現在は乗り回しを中心に鉄活動をしているので、観光は鉄の合間に近場で短時間で済む観光しかしていない。もう少しゆっくりした鉄旅行がしたいが、乗り鉄や撮影を中心に置くとどうしても観光している時間がなくなる。

 04年7月の遠征では何度も書いているように四国の鉄道を乗り倒すことが目的だったので、観光よりも乗り鉄を主眼に置いて活動している。伊予鉄市内線は18日に道後温泉までの往復に利用したのを皮切りに、19日は朝風呂に入るために、松山駅前のホテルから道後温泉まで乗車したのを皮切りに途中鉄道線の乗り潰しを挟んで、全ての路線に乗車している。温泉上がりに坊ちゃん列車に乗って松山市まで行き、真夏の暑い中行われる坊ちゃん列車の手動転換を見てから、松山市から鉄道線の乗り潰しを行った。郡中線の乗り潰しを終えた後は予讃線旧線の乗り潰しをして、伊予大洲からはしおかぜに乗って松山に戻った。松山に戻ってからは時間との戦いだったが、帰りの特急いしづちまでの時間を利用して、市内線の乗り残した部分を全て片づけて帰宅の途に就いた。

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2008年6月24日 (火)

伊予鉄道郡中線

040719iyotetsu8563  伊予鉄横河原線・高浜線を乗り潰して、続いて松山市から郡中線に乗車した。伊予鉄オリジナルの610系に乗りたかったが、それは叶わず途中の交換で見ただけに留まった。横河原線・高浜線でも元京王5000系に乗車したが、郡中線でも同車に乗った。地方へ行くと京王や東急などの車両によく出くわす。阪急の車両を使えばもっとはるかにレベルが高い鉄道になるのにといつも思う。もっとも阪急自体が旧車をいつまでも使い続けるので、地方鉄道へ転用するまでもなく、阪急で使用している状態では話にならない。郡中港へ着いて、事前に調べたとおり道を渡ってJR予讃線の伊予市まで歩き、予讃線に乗り継いで一旦伊予鉄からは離れた。この後は以前乗車しなかった予讃線の旧線に乗車した。

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2008年6月23日 (月)

伊予鉄道高浜・横河原線

040719iyotetsu7644  04年7月17日からの四国乗り潰しの旅は、17日に徳島と高知、18日に高知の鉄道を乗り回し、予土線、予讃線を経由して最終目的地の松山へと着いた。18日はとりあえずは道後温泉に浸かるため市内電車に乗っただけだったが、19日には市内線を含め伊予鉄道全線を乗り潰しを行った。1日で回るにはかなり制約があり、もう少しゆっくり見て回りたかったが、実は99年2月の遠征でも伊予鉄には乗車しているので、まぁ今回は乗るだけ乗ってやれということで1日乗りまくって乗り潰しを達成した。

 鉄道線は高浜線・横河原線・群中線の3路線があるが、以前大手町から松山市までの短い区間には以前の遠征でも乗っていた。その時はそれが何線かもわからずに乗っていたが、今回は乗り残さないようにある程度の知識は持って乗ったので、大手町から松山市に至る路線は高浜線で、そこから先は横河原線になるという程度の知識は持って乗車した。まずは坊ちゃん列車に乗って松山市まで出向いて、松山市から鉄道線の乗り潰しに取り掛かった。まずは松山市から横河原線に乗って横河原まで行き、折り返し松山市まで戻りそのまま高浜まで乗り通した。フリー切符等があったのかなかったのかよくわからないが、普通乗車券で乗ったので、降りては切符を買い降りては切符を買いして、高浜~横河原間を往復した。フリー切符だと好き放題乗られるので鉄っちゃんは有難くない存在と受け取られがちだが、普通乗車券で通常の観光客ではとてもあり得ない乗り方をして大盤振る舞いしてくれるという点では鉄道会社にとっては有難い存在なのではないかと思う。もっともほとんどが1回ぽっきりの利用なので、鉄道会社は鉄っちゃんにリピートしてもらえるように鉄っちゃんを惹きつける何かを持っていた方が上得意を作れる可能性があるのではないかと思う。伊予鉄は坊ちゃん列車は鉄っちゃんよりも一般人を惹きつけるものがあるので、鉄道線の方で本物のSLを用意して、市内線で坊ちゃん列車、鉄道線でSLを走らせて両面作戦で人の呼び込みを図れば面白いのではないかと思う。

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2008年6月20日 (金)

土佐電気鉄道後免線

040718tosaden624  土佐電気鉄道の路線のうち、桟橋線と伊野線は04年7月17日に乗り潰しを行ったが、伊野線を乗り通した時点で日が暮れたので後免線の乗り潰しは翌日に持ち越しとなった。早朝から土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線の乗り潰しをして、奈半利から後免町まで戻って土佐電に乗り換えた。高架の後免町の駅から下りて、地上にある後免町電停を見つけて電車の到着を待つ。電停は単線になっているが、電停を出ると専用軌道に入って複線になっていた。ゆーとらむという低床車の登場を期待したが、古い電車がやってきた。軌道が悪いのか併用軌道などではかなり乗り心地が悪く、後免町からはりまや橋までの長い道中は結構疲れた。後免町から伊野まで乗り通したらかなり疲れるだろうなと思いながら、そういった利用をするのは鉄っちゃんだけだろうなとも思い、鉄っちゃんの血が脈々と流れている自分を恥じてしまう。実際問題、鉄っちゃんの私でも疲れる郊外線の道中を一般人はいったいどれだけ利用するのだろうかという疑問もある。後免、伊野両線とも高知市の中心部では利用も多いようだが、郊外になるとJRが並行していることもあり、利用はかなり減る傾向にある。一時期一部区間が廃止になるという噂があったが、実際に乗って見れば確かに厳しい面があるのかなと思ってしまう。

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2008年6月19日 (木)

土佐電気鉄道伊野線

040717tosadenkagamikawabashi3  伊野線には04年7月17日に2回目の乗車をしている。1回目は高知城付近で降りたので、全線乗り潰しはできていなかった。04年7月17日には全線乗り潰しを達成している。夕方の時間であまり余裕がなかったので、とりあえず乗っただけという感じだが、路面電車にしては路線長がかなりあり、終点の伊野に着いた時には陽が暮れていた。伊野線ははりまや橋付近からしばらくはメインストリートを走っているが、途中から単線になり、行き違いをするのにタブレットの交換を行っていた。路面電車でタブレットの交換を行う路線が他にあるのかどうかわからないが、かなり珍しいシーンを拝むことができた。桟橋線の終点も岸壁のでそっけなく線路が途切れるという感じだったが、伊野の電停も町の真ん中で線路が途切れるという感じの電停で、終点の風情はあまりなかった。逆にその趣が面白い電停だったと言える。

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2008年6月18日 (水)

土佐電気鉄道桟橋線

040717tosaden803  土佐電気鉄道桟橋線はJR高知駅前からはりまや橋を通って、桟橋通5丁目に至る路線で、JRで高知に入った場合、高知市の中心部へ行くために利用する路面電車だ。同線には2度乗っており、1度目は99年2月に遠征した際に、ムーンライト高知で四国入りして、高知駅前の喫茶店でトーストに味噌汁が付く絶妙なコンビネーション?のモーニングを食べてから、土佐電に乗って、高知市内を歩いた。全線乗り潰すには時間がなかったので、一部乗って適当に街を歩き回った。04年7月の遠征では乗り潰すつもりで高知入りしたので、7月17日の夕方に南風で高知到着後、早速桟橋線の乗り潰しに取り掛かった。高知駅前の電停は以前訪問した時より位置が変わっていたように思うが、定かではない。とりあえず高知駅前から桟橋通5丁目まで乗り通した。桟橋通5丁目はまさに岸壁の隣と言ったところで何もなかった。ここから少し歩いて、車庫のあるところまで行き、外から車庫を覗いてみたり、桟橋線電車を撮ったりしながら歩いて、途中からはりまや橋まで電車に乗って、はりまや橋からは伊野線の乗り潰しに取り掛かった。

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2008年6月17日 (火)

土佐くろしお鉄道阿佐線

040718gomennaharitkt964010  土佐くろしお鉄道阿佐線は通称ごめん・なはり線と呼ばれる02年に開業した新しい路線だ。国鉄時代に建設が計画され、国鉄改革による凍結されて、第3セクター鉄道として開業した路線で、このためコンクリートで固められた新線となっている。同線には04年7月の四国遠征で乗り潰しを達成している。7月16日夜に四国入りして、深夜に高松のホテルに入り、一泊して、翌朝から四国征伐へと取りかかっていた。17日は牟岐線、阿佐海岸鉄道と土佐電の一部を乗り潰して高知駅前のホテルに一泊した。翌18日は早朝から鉄活動を開始し、JR土讃線特急南風に乗って後免へ。この時は規格切符(名前は失念)を使用していたので、特急南風を下駄代わりに利用できた。後免でキハ58系他の普通列車を撮影し、早速土佐くろしお鉄道へ。確か土佐くろしお鉄道も使える切符だったので、切符を買う面倒はなかった。くじらのような外観のオープンデッキ車に乗りたかったが、早朝のため運行はなかった。まだ新しい気動車に乗って、先述したコンクリートで固められた新線を快調に走った。阪神タイガースのキャンプ地で有名な安芸など、これまで鉄道に見放された地域に鉄道が開通したのは喜ばしいことだが、如何せん沿線人口は少なそうで、モータリゼーションの進行もあり、ごめん・なはり線も新線として意気揚揚と開業したものの、今後の見通しは不透明なところが多い。終点の奈半利は1面1線の高架駅で前日に乗った阿佐海岸鉄道の甲浦同様に終点の駅としては寂しい感じの駅だった。もっとも甲浦に比べると周辺には町が広がり、駅自体も比べ物にならないほど立派だった。ここから先、甲浦方面へ延伸して、高知と徳島をつなぐ路線の実現は難しそうだ。

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2008年6月 9日 (月)

阿佐海岸鉄道

040717asakaiganasa201  阿佐海岸鉄道は04年7月にJR牟岐線乗り潰しとセットで乗り潰した。海部で牟岐線列車との乗り継ぎに少し時間があったが、駅の周りには何もなく、暑いだけだったのでホームのベンチで暑さを凌いだ。やって来た気動車は風鈴列車で、車内には涼しげな風鈴がたくさんぶら下がっていた。イベント用の気動車のようでビデオモニターが設置され、中央にはサロンのような座席が並んでいた。智頭急行などと同様に鉄建公団が造ったため、線路規格は高く、ローカル線とは思えない路線だった。終点の甲浦は閑散とした高架駅で、計画では室戸半島方面へ延伸して土佐くろしお鉄道ごめんなはり線とつなげることになっていた。しかし、利用者数などを考えると実現の見通しはほとんどないに等しいと言える。

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2008年6月 6日 (金)

JR牟岐線

070811mugi18523muroto2  JR牟岐線は99年2月の四国遠征の際に乗車する予定にしていたが、高松のホテルで夜中に腹痛を起こし、翌朝無理はしてはいけないということで予定行程を縮小したため、その時には乗れなかった。四国では他に乗り残した路線もあったので、04年7月に四国征伐の旅をしている。この時に牟岐線は乗り潰した。行きは特急剣山、帰りは特急むろとに乗車して、終点の海部から阿佐海岸鉄道に乗って、甲浦まで行き、折り返し徳島まで戻っている。特急剣山は牟岐が終点となっていたが、牟岐からは普通扱いでそのまま海部まで直通していた。都市圏で言えば区間快速などと同じ扱いになるのだろうが、18きっぷで移動する人などには豪華な普通列車ということになるだろう。この時は周遊きっぷを利用していたので、残念ながら豪華な普通列車という感覚はなく、もっと急いで走れよと思った。牟岐線は室戸岬へ向けて走る路線だから海沿いを走るイメージがあるが、大半は山の中を走っており、当初イメージしていたのとはかなり異なる路線だった。

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