カテゴリー「山陽」の記事

2009年3月 4日 (水)

最後のオノアサ

090301sanyoef6648hayafu2  九州での最後のブルトレ撮影を満喫して、小野田オリエンタルホテルに泊まり、翌朝(3月1日)は早朝からオノアサへと出向く。2回目のオノアサだ。以前訪問した時はムーンライトで下関まで行って、小野田へ折り返して小野田から猛暑の中歩いてヘロヘロになって、折り返しお野田駅に着いた時にはそれこそ精根尽き果てた状態になっていた。その苦い思い出があったので、いい画が撮れたのに“オノアサはもういい”という思いが強かった。しかし、オノアサを通過するブルトレがなくなれば同地に赴くこともまずない(遠すぎる)ので、今回再訪問することを決意した。今回はムーンライト九州もないので、小野田周辺で宿を取ってと思い、探し当てたのが手頃な価格の小野田オリエンタルホテル。駅前にあるので、オノアサまでは遠いが、それでも気分的には楽だ。前日にとりあえず地図でおおよその場所を確認して、早朝6時30分頃ホテルを出発して現地を目指す。早朝と言っても前日は4時30分起きだったので、いつもの調子から行けばそれほど早朝でもない。薄暗い中歩いて行き現地に到着。既にクルマだらけになっており、ぬかるみに足を取られながらお立ち台へ。前方組と後方組に見事に分かれていたが、とりあえず余裕のありそうな後方組の方で撮影することにした。ほとんど90%程度がクルマで来訪しているようで、歩いて小野田からという人は見当たらなかった。大した距離でもないのに楽をする人間が多い。人のことはあまり言えないが、楽をするから鉄はメタボな人や細身のオタク風が多くなるのだろう。そう言えばスポーツ系の鉄ってあまり見ませんからね。小1時間ほど貨物やローカル電車を練習がてら撮影しながら本番を待ち、いざ本番のはやぶさ・富士の通過を待つ。定時よりやや遅れ気味で通過して行ったが、とりあえず晴れていたのでヨシとする。若干前の人にかぶられるのを恐れて練習の貨物よりもカメラを振ってしまったので、S字の表現がうまくないところもあるが、最後のオノアサを無事終了することができた。このあとは1日から使用できる18で延々と大阪まで帰る計画だったので、そそくさと現場を立ち去り、小野田発8時51分の普通に乗り込んだ。駅へ来る途中EF65の原色が牽く貨物を見たが、オノアサに残っていた人はこれを狙っていたのかもしれない。近年カマの追っかけは須佐まじいものがあり、旅客列車が風前の灯となった現在、カマ男は貨物しか追いかけられない実状もあり、貨物熱は高まってきている。私はそれほどカマ男ではないので、計画を消化するために久しぶりの本格的な普通列車の旅を楽しむ。最近は18を使っても撮影のため最後の締めは新幹線を利用など中途半端な旅が多かったが、本線を堂々と乗り通すのはかなり久しぶりである。山陽本線の普通は昔ながらの長距離列車が多く、この日も新山口から糸崎まで延々と同じ列車に乗り続け、さらに糸崎から乗り継いだ列車には相生まで延々と乗車することになった。相生からはさらに新快速に乗り継いだので、都合3列車で新山口~大阪間を乗り通したことになる。この間広島での5分停車の間におにぎりをGETできただけで1分~2分の接続ばかりだったので、食糧確保についてはシビアな考えの人にはできない乗り継ぎの旅だった。

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2008年9月15日 (月)

JR赤穂線・津山線行脚

080906ako213c5  08年9月6日に山陰方面遠征のため、赤穂線~津山線~因美線経由で鳥取まで行った。当然ながら18きっぷを利用したが、赤穂線は久しぶりの全線乗車となった。播州赤穂までは姫路から乗った223系普通。姫路で食したまねきそばの出汁が若干塩からくて喉を潤すためにお茶を飲みながら播州赤穂までのミニトリップ。山陽本線姫路以西は113系や115系使用時にはトロトロ走りが多かったが、223系になって結構な走りをする。100km/h程度での運転なら223系はかなり安定した走りをする。赤穂線に入るとさすがに線路が悪いせいか、走りはやや鈍る。それでも113系ならバウンドするところを223系はそれなりの乗り心地で走るのだから線路状態の悪さもあるが、車両の悪さもあって乗り心地が悪くなっていたのだろう。複合的要因というところだろうか。播州赤穂から乗った213系にも似たようなことが言える。213系は2扉なので、117系と同じような造りの車両だが、こちらの方は117系のように乗り降りに時間がかかるという悪評はないのだろうか?マリンライナー塗装は海沿いを走るのは日生だけの赤穂線にはやや不似合いだし、岡山から直通する伯備線も山の中を走る路線なので、海のイメージが強い213系とはやや不似合いな路線だ。私が乗った列車が213系の長い6両編成だからかもしれないが、赤穂線播州赤穂以西はやはり輸送量に格差がある。岡山口もそれほど利用が多くない印象があるのは6両編成だからだろうが、列車の運転本数通り播州赤穂~長船間は利用者が少ない。

080906tsuyama1203282  岡山から乗った津山線はキハ120を使用する列車に当たった。前の筋では急行つやまが走っていたが、18では乗れないし、それを撮るために、さらにその前の列車に乗ろうと思うと大阪を早朝に発つことになるので、急行つやまは断念して後続の列車に乗った。1線スルー化されている駅が多いのは高速化されている証拠だが、如何せん勾配がきつく、キハ120では力不足の印象も残っている。キハ47系はリニューアルされて、エンジンも強化されたタイプが使用されているが、こちらはパワーよりも重量オーバーの印象があり、キハ120のような軽快さがまったくない。キハ47系の置き換えは早晩行わなければならないだろうが、そのときにはキハ121系のパワーアップバージョンの車両を投入してほしいものだ。

080906wakasawakasa2  津山から乗った因美線は各所に25km/h制限があり、駅間はそれなりの走りをするのに速度制限箇所でスピードを緩めるためかなり遅く感じた。峠越えをする路線のイメージが強いが、津山線ほど勾配がきつい印象はなかった。それよりも沿線人口が少なく、利用者が非常に少ないので、同線の先行きに不安を感じた道中だった。智頭からは因美線に入り、郡家で降りて、若桜鉄道へ寄り道。以前山陰遠征で一度乗っているが、今回は終点の若桜にSLと転車台が置かれ、観光名物になっているということで再度訪問してみた。スコールというわけではないが、終点の若桜では雨に遭い、SL見物を間近で見ることができなかった。列車の本数が割合多く、若桜での折り返し時間が短いのもゆっくり見物できない理由の一つだ。SLを見るには有料らしいが、次回はゆっくり訪問してみたいものだ。

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2008年3月21日 (金)

岡山電気軌道

030831okayamadenki920113  岡山電気軌道にはスカイレールの乗り潰しをした03年8月31日に乗車している。朝から広島でアストラムライン、スカイレールと鉄道としては異端児の路線を乗り潰して、瀬野八を越えて、岡山まで延々と普通列車に乗り通した。18きっぷを利用した鉄旅行だから仕方ないが、山陽本線の普通列車の旅は道中がかなり長いので疲れる。岡山到着後は速効、岡山電気軌道の乗り潰しに取り掛かった。ちょうど電停に同鉄道のエースMOMOが停まっていた。低床車のさきがけとも言うべき車両に早速乗車して東山へ。地を這うように走るという表現がぴったりなMOMOは走行音は静かで快適だったが、如何せん座席は座りづらいものだった。各地の路面電車にLRVが投入されているが、どの車両も短距離利用が主体のためか座席は必ずしもいいとは言えない。中には広電のように長距離乗車がある路線もあるので、座席定員の確保と座席の改良がLRVの今後の課題なのではなかろうか。終点の東山には車庫があり、電停近くには岡山電気軌道の資料館があったので、どんなものかと立ち寄ってみたが、日曜日は休館ということで中には入れなかった。今は1階にあったバッティングセンターが閉鎖となったため休館になっているとのこと。今度東山を訪問したときにはぜひとも資料館が開いていて欲しいものだ。

030831okayamadenki77013 折り返しはMOMOではない普通の路面電車に乗り柳川へ。ここで清輝橋線に乗り換えて同線を乗りつぶす。清輝橋到着後は折り返し岡山駅前まで戻った。このあとは前日にダイヤ改正を行っていた阪急宝塚線の快速急行を見たいという欲望から新幹線に乗って新大阪まで戻り、十三で宝塚線初の快速急行を撮影したのを思い出す。

 岡電は広電程の規模はないが、市街地を走るためたいていの区間は活気がある。今後JRが二匹目の鰌を狙って吉備線をLRTにする計画があり、それと岡電が相互直通することも考えられている。市内のネットワーク拡充などの計画もあり、今後広電並みとまではいかないものの、岡電も発展の可能性を秘めている。今後にも期待したい。

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2008年3月20日 (木)

スカイレール

030831skyrail15  スカイレールはロープウェイとモノレールを組み合わせたような新交通システムで、全国でこの方式を採用しているのはJR瀬野駅から出ている広島短距離交通瀬野線のみだ。この世にも珍しい乗り物に初めて乗ったというか最初で最後の乗車が03年8月31日だった。早朝からアストラムラインに乗って、広電の撮影などを行ってから広島駅から山陽本線で瀬野へ行き、瀬野からスカイレールに乗車した。丘陵地への住宅と瀬野駅を結ぶだけの目的で造られたため、必然的に片輸送になっており、日曜の朝から駅から住宅地へ向かう人など一人もいなかった。運賃は入場時に支払、降りるときはラッチフリーの形式になっており、ここでも終点のみどり中央で何もすることはないので、折り返し電車?で引き返した。ループ形式でゴンドラ?が終点で折り返してプラットホームに入線してくる様はさながら遊園地のようだった。乗り心地はロープウェイというよりモノレールに近いのかもしれないが、あまり強い印象は受けなかった。急勾配に強い交通機関のようだが、正直普及型の交通機関になるとは思えない。

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2008年3月19日 (水)

アストラムライン

030831astramlinekoikikoenmae9  今日からまた、つまらぬ私の鉄跡を記していきたいと思います。今日はアストラムライン。乗り潰しでなければ乗らないような路線とも言えるが、広島に来たついでにがっちり乗り潰した。私が乗ったのは03年8月31日で、早朝からブルトレを撮るか、アストラムラインに乗るかどちらにするか迷いながら格安のビジネスホテルを出て、ブルトレ撮影は断念して早朝からアストラムラインの乗り潰しをした。広電に乗って紙屋町まで行き、付近にある本通まで歩いて地下のアストラムラインの駅へ向かった。広島では珍しい地下駅とずらりと並ぶ自動改札を見て、大阪に帰った感覚になったが、ここは広島。当時はまだJRはアーバンエリアで自動改札が整備されて間もないころで、広島地区に自動改札はなかった。前日はムーンライト九州で下関入りして、山口県内のJRを乗り潰して、広島まで戻り、午後の遅い時間は広電の乗り潰しをしていたので、自動改札と関わることがほとんどなかったので、アストラムラインで見た自動改札は妙に新鮮味があった。アストラムラインの駅は大阪や神戸にある新交通システム同様ホームドアが備えられ、地下駅では電車の姿がほとんど見えない。地上に上がってからは高架線を走るため、電車の姿を外から見ることができる。大阪や神戸では自動運転を行っているが、アストラムラインは運転士付のワンマン運転を行っていた。終点の広域公園前まで行って、朝からサッカーをやっているわけでもなく何もすることもなく折り返して戻って行った。折り返しは本通まで行ってもつまらないので、大町でJR可部線に乗り換えて広島へ戻った。

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2007年12月29日 (土)

智頭急行

060211chizukyuhot7000  智頭急行には学生時代から何度か乗車している。最初に乗ったのは18きっぷで京都から山陰方面を回り、鳥取から因美線で南下して、智頭から18きっぷから一旦離れて智頭急行に入り上郡から再び18に戻って帰阪した時だ。この時は智頭から上郡まで普通列車で乗り通している。智頭急行は高規格路線として開業したというイメージばかりを持って乗車したが、普通列車はそれなりには飛ばすものの、“高規格路線”というイメージが大き過ぎたため、あまり速いという印象は受けなかった。スーパーはくとに初めて乗った時も同様の感想を持った。高規格路線というとどうしても湖西線のように連続して130km/hを出す路線をイメージしてしまうため、智頭急行も同じような路線だろうというイメージを持ってしまう。しかし、実際には湖西線のような新幹線規格に近い高規格路線は稀…というより湖西線以外にはなく、智頭急行は高速化改良された路線という区分けが正しいのだろう。振り子気動車が投入されているようにカーブの半径も結構小さいところがあるのはこのためで、湖西線と同じ尺度で見ると確かに物足りない高規格路線とも言える。それでも立派な高架線や築堤が続き、ほとんど踏切がない様は、まさに高規格路線であり、播但線や山陰本線と比べると格段に線路規格が高い路線と思える。智頭急行開業前までは京阪神から鳥取までは播但線経由のはまかぜがその主体となっていたが、スーパーはくとははまかぜの半分程度の所要時分で結ぶようになっている。まさに革命的なスピードアップが行われたと言える。表定速度に直すとそれほど速くはないものの、それまでがそれまでだっただけにスーパーはくと=速い列車というイメージを持たせるには十分だったと言える。

01kobehakuto1813  スーパーはくとには5回ほど乗車しているが、中間車でも前面展望が楽しめるようにモニターが備えられており、昼間の列車は中間車に乗っても全面展望が楽しめる。ただ中間車に乗ると前面展望と側面で流れる景色に時間差が生じるためおかしな感覚を持ってしまう。鳥取方面行きは先頭車が自由席となっているので、京都から陣取れば特等席を確保することもできる。ただ、先頭自由席は喫煙車となっており、嫌煙者の私にはきつい車両のため敬遠して乗車したことはない。

 智頭急行にはスーパーはくとの他にJRのキハ187系を使用のスーパーいなばがある。スーパーいなばにはまだ乗ったことがないが、キハ181系時代の特急いなばには一度乗ったことがある。上郡で進行方向が変わるため、上郡から鳥取までの道中は後ろ向きのままだった。キハ181系が120km/hで爆走する区間と言えば、今ではJR神戸線内のはまかぜしかないが、智頭急行内でのはくとでの爆走体験は今となっては貴重なものとなった。

 京阪神と鳥取を短絡する使命を受けて黒字経営が続く智頭急行だが、沿線では並行して高速道路の延伸工事が進んでおり、早晩鳥取まで全通する予定だ。スーパーはくとは現状最大限のスピードアップを行っており、姫路~上郡間ぐらいしかスピードアップののりしろは残っていない。08年3月のダイヤ改正では姫路での新幹線のぞみとの接続を改善するようだが、新幹線との連携の強化及びスーパーいなばを活用した利便性の向上を行っていく必要があるのではないかと思う。スーパーいなばは岡山・広島方面から鳥取への利用が多いが、上郡で山陽線電車と接続させれば京阪神からの利用も可能になる。思い切った増発を行うなら、キハ187系を増備して上郡で分割併合をすれば、スーパーいなばとスーパーはくとの併結運転ができる。現状でも鳥取まで2時間に1本程度のフリークェンシーが確保されているが、スピードアップされる高速バスやマイカーに対抗するには毎時1本の運転に増発するのも悪くはない。

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2007年12月28日 (金)

広電本線・宮島線

060730hiroden51022  広電本線には03年8月30日に乗車している。ムーンライト九州で西下して、山陰本線仙崎支線乗り潰し、美祢線乗り直し、岩徳線乗り潰しを行い、宮島口まで戻ってきて、宮島口から広電の乗り潰しに取り掛かった。宮島口駅前であなご飯を購入して、できたてほやほやのアナゴ飯を食べてから広電の乗り潰しにかかった。宮島口駅で1日乗り放題の切符を購入して、グリーンムーバーで宮島線を乗り潰し、そのままグリーンムーバーで本線に入り、広島駅前まで一気に乗り潰した。低床車のLRVには鹿児島市交で一度乗車していたが、連接数が多いグリーンムーバーは見た目にも迫力があり、これぞLRTという印象を強く受けた。郊外線の宮島線は専用軌道、市街地に入る本線では併用軌道という本場のヨーロッパのLRT並の路線を持つ広電だが、並行して走るJR山陽本線と比べると遅いと言われるのがかわいそうなところだ。立派なLRT路線と言えるが、モータリゼーションとの対抗のみならず通常規格の鉄道であるJR山陽本線とも競合があるのは、厳しいところであり、単純に広島~宮島口間などの輸送だけ見れば、スピード面で見劣りするのは否めない。広島の中心地に乗り入れ、駅間距離が短いのでJRに比べてきめ細かなサービスを行えるという利点もあり、非常に健闘していると思う。軌道線内の宮島線ではそれなりのスピードで走るものの、併用軌道の本線に入ると広島市内の渋滞や自動車交通の信号待ちなどがあり思うように走れなくなる。とりわけ紙屋町などを通る相生通りを走るところは交通渋滞はもちろん、ピーク時間帯には電車が渋滞する光景も見られ、所要時分の延伸が問題となるところだ。一番いいのは市内中心部は地下に潜ることだろうが、私企業である広電が単独でできる事業ではない。030830hiroden50045

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2007年10月 2日 (火)

井原鉄道

060218ibarairt35510  井原鉄道は03年3月21日に乗り潰している。3セクや私鉄の乗り潰しは二の次でJRの乗り潰しさえもままならない時期だったことを考えると3セクの割に早く乗ったものだと今更ながら思う。おそらくホームページの整理をしていて、中国地方の鉄道を先に潰しにかかろうと戦略を立てて、その第1弾として水島臨海鉄道とセットで井原鉄道を乗り潰すことを目論んだのだと思う。また、中途半端に乗っていた吉備線ともセットで乗ることにして、18きっぷを利用して日帰り旅行を楽しむことにした。

 吉備線で総社入りし、総社から井原鉄道に乗って、終点の神辺を越えて直通列車で福山まで出ている。まさに乗っただけで、途中井原で長時間停車があったが、特に何するでもなく、早起きで眠たいのを我慢しながら、コンクリートに覆われた高規格路線の単調な旅を終えている。新しい路線だけに結構速く走るし、気動車も乗り心地がいい車両だったように思うが、如何せん利用者は少なかった。総社で伯備線や吉備線に連絡して岡山方面へ直結しているが、どちらも結構時間がかかるし、神辺から福塩線で福山に出るにも時間がかかる。直通列車がもっとあればもっと便利なのだろうが、岡山と広島の県境を越えるので福山方はそれほど重要があるとも思えない。本来同じ気動車が走る吉備線と相互直通を行うべきなのかもしれないが、吉備線もあまり速くないので、直通してもその効果が如何ほどかは疑問だ。それでも岡山方面への直通効果は少なからずあるはずだからやってみる価値はあるはずだ。吉備線はLRT化される恐れもあるので直通運転が実現するかどうかわからないが、井原鉄道活性化には都市への連絡が必要と言える。

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2007年9月21日 (金)

水島臨海鉄道

Mizusima5  水島臨海鉄道には03年3月21日に乗車している。井原鉄道の乗り潰しをして、福山からワンマン運転をするSUNライナーに乗って倉敷へ。先頭車に乗って空いているのをいいことに少しかぶりつきながら倉敷まで乗りました。確か運転士は岡山では珍しいと思われる女性運転士で、岡山地区でも女性運転士が活躍する時代になったかと妙に感慨に浸ったものだ。

 JR倉敷駅で通過する14系団臨などを撮影して乗り継ぎの時間を潰して、倉敷駅改札を出て駅前付近にある倉敷市駅から水島臨海鉄道に乗り込んだ。三菱自工前まで行く列車が少ないため、それに合わせて行程を組んでいたので、三菱自工前行きに乗って難なく水島臨海鉄道乗り潰しを達成した。水島臨海鉄道というと旧国鉄の旧型気動車が走る鉄道というイメージがあったが、私が乗った列車は新しい気動車ですれ違う列車もキハ20を使った列車はなかった。数両はまだ健在のはずなので、本数が多い時間帯以外は車庫で休憩しているのだろう。車両は新しいが、列車は非常に遅く、貨物が走るためしっかりした線路基盤なのに、勿体ないような走りだった。臨海鉄道だけに沿線は工場が多く、朝夕以外はあまり機能しない鉄道なのかもしれないが、もう少し速く走るように努力してほしいものだ。

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2007年9月19日 (水)

JR芸備線

070630geibi58miyoshi  JR芸備線には02年夏に福塩線とセットで乗り潰しをしている。但し、乗ったのは三次~広島間で、それ以前に三次~備後落合間は三江線、木次線の乗り潰しの際に乗っていたので、備後落合~新見間は残していた。三次~広島間は普通列車で移動した。キハ47に乗ったが、途中キハ58急行みよしとすれ違うのは想定していたが、キハ120普通とすれ違うとは想定外だった。キハ120は輸送力に問題があるので、三次以遠でのみ使用されていると思い込んでいたので予想外だった。後で調べてみると広島運転所への入出庫を兼ねた運用のようで、常時運用されているわけではないようだ。それにしてもJR西日本は各所で国鉄車両を大事に大事に使用しているが、広島でも都市近郊で主要路線の一部と言える芸備線にいつまでもキハ47やキハ40、キハ58が走っているのは如何なものかと思う。今更気動車の新車を入れても何の新鮮味もないので、もうしばらく待って、環境にやさしいとされる燃料電池車両やハイブリット車両を投入して一歩進んだ非電化路線となってほしいものだ。

 芸備線残りの未乗区間には04年8月28日の木次線訪問の際に、出雲坂根の3段スイッチバックを堪能して、おろち号に接続する形で設定されていた芸備線直通の臨時快速に乗り、芸備線乗り潰しを達成した。臨時快速はキハ120だったが、ヒバゴンが住むと言われる中国山地の奥深くを比較的快走した。

 その後芸備線はご無沙汰していたが、急行みよしの廃止が決まり、行くか行かぬか決めかねているうちに最終日が訪れ、一念発起して新幹線で広島に入り、片道は三次まで急行みよし2号に乗って惜別乗車として、折り返しは普通列車で途中下車しながら撮影を楽しんで本格的なキハ58系急行の終焉を堪能した。キハ58が原色でなかったのは残念なところだが、原色が走っていたら沿線はもっと混乱するほどの人出になっていたに違いない。ありのままで終焉を迎えた急行みよしの最後はファンには少し物足りないものだったかもしれないが、私はあれでよかったと思っている。

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