カテゴリー「東北」の記事

2009年6月11日 (木)

弘南鉄道弘南線

050718konan7155  05年北海道・東北遠征にて弘南鉄道弘南線を乗り潰した。この時弘南鉄道大鰐線には乗車できなかったので、同線は後回しとなった。弘南線はJR弘前から出ており乗りやすいということで、05年夏の遠征で乗ることにした。終点の黒石ではかつて黒石線が連絡しており、JR川部方面へ抜けることができたが、残念ながら98年に廃止されており、05年では時既に遅すぎで、黒石からそのまま折り返すしかなかった。終点の黒石で元南海の1521系が見れたのが幸いといったところで、北海道、東北と関西とかけ離れたところを乗り歩いていたので、ふるさとを思い出したかのように思えた。もっとも1521系の現役時代に乗ることもなかったので、その存在をただ単に知っていたに過ぎなかった。弘南鉄道の列車は元東急の7000系で最近のトレンドともいえる地方私鉄の車両となっており、十和田観光鉄道といいあまり面白みのない車両と言える。

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2009年6月10日 (水)

JR五能線

050718gono40546  JR五能線には05年7月18日に乗車した。同線乗車だけで半日かかりとなる長大ローカル線だけに手付かずのままほったらかしにしていたが、北海道東北遠征で漸く乗り潰すことができた。JR津軽線を早朝から乗り潰して、青森へ戻り、青森から奥羽線を南下して弘前へ。弘前で弘南鉄道に乗車して、午後からJR五能線乗り潰しに取り掛かった。弘前で青森行きのリゾートしらかみを撮影して、弘前始発の五能線列車に乗り込む。川部で進行方向が変わり、奥羽線から五能線に入る。列車は編成が長いせいもありガラガラだった。途中五所川原で津軽鉄道を見て、この鉄道にも乗らねばと思いながら通り過ぎ、りんご畑が目立つ沿線を進んで行く。途中鯵ヶ沢で編成を分割して短くなったが、県境へ向かうためか旅客は益々少なくなっていった。終点の深浦では少し時間待ちがあったが、手持ち無沙汰でリゾートしらかみなどを駅で撮影して時間を潰した。東能代までの道中は雨が降り出し、夏場ながらも荒々しい日本海の荒涼とした景色が展開されて五能線らしい道中を堪能できた。東能代からは特急かもしかでワープして秋田から今はなき日本海2号に乗車して帰阪した。

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2009年6月 9日 (火)

JR津軽線

050718tsugaru40552  05年7月17日の北海道遠征を留萌本線乗り潰しで終えて、深川からスーパーホワイトアローで札幌へワープ。新札幌近くの銭湯で入浴して、2晩連続となる急行はまなすで本州へと戻った。はまなすには新札幌から乗車したが、増結されていたこともあり何とか席を確保して青森まで爆睡した。早朝の青森駅で息つく間もなく、津軽線乗り潰しに出向く。津軽線蟹田~三厩間は列車本数が異様に少ないので、このチャンスを逃すわけにはいかない。485系使用の普通列車で前夜の睡眠の続きを取り、蟹田へ到着。三厩行き気動車を待つ間に貨物が1本通過して行き、701系電車は通学の高校生を多く乗せて出発していった。青森方面への電車が出て行き、蟹田駅は閑散となってしまった。ホームには三厩へ向かう如何にもファンと思われる人々(当然ながら私も含まれる)が目立つのみとなっていた。

 三厩行き普通はまさにファン専用列車という感じだった。途中津軽海峡線と並行して走るあたりはファンとしては興奮してしまう(なんでかはわからないが)区間だったが、それ以外は平々凡々とした景色が展開されるだけで、夏にしては肌寒いという印象しか残っていない。終点の三厩も最果ての地というところで降りてどこかへ行こうにも折り返し列車がないので、そのまま折り返すしか手はないと言ったところだ。これでは観光客など呼べるはずもなく、鉄っちゃんと沿線の高校生のためだけに数本列車を走らせているという路線といっても過言ではない。実際ローカル線の大半が高校生のために運行されているというところが多く、高校生が休みに入る時期には利用者が減るので、その補填として18きっぷが発売され、客寄せをしていることは有名な話だ。それからすると18きっぷではないにしろ、JRの戦略にまんまと引っかかり、わざわざ西から東へ出向いて乗り潰しをするために大枚を叩いている自分っていったい・・・と思ってしまう。もっとも私のような鉄っちゃんは1回きりの乗車が多いので、このような人間が年間何十人、何百人、何千人いても、さして腹の足しにはならない。さすがに何万人規模でいればそれなりの腹の足しにはなるだろうが、そこまで鉄道ファンもいてないし、いても乗り潰しをする人はそこまでいない。また、乗りつぶしに来ても安い企画切符利用が大半なので、決して儲かる旅客ではない。そう考えると何でこの路線は存続しているのだろうか?と疑問に思ってしまう。

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2009年6月 4日 (木)

JR大湊線

050716ominato100202  JR大湊線と言えば本州最果ての地を行く路線というイメージで、冬に乗る路線という感じがするが、私は夏に乗っただけで、周囲の風景が本州のそれとは少々異なるという印象以外、最果ての地というイメージはあまりなかった。十和田観光鉄道の乗り潰しをして、東北本線で三沢から野辺地へ移動・・・というか八戸直通の大湊線快速でそのまま大湊へ。3連休初日とあって結構な乗り具合で、十和田観光鉄道とは違う車内の様相だった。もっとも列車本数が少ないため、来た列車に利用者が集中するため混雑しているというのが東北のローカル線の特徴といえる。西日本や四国、九州のローカル線は本数がそこそこ確保されているので、ローカル線らしく空席が目立つ車内になっているが、東日本や北海道では列車回数が少ないため、列車自体は混雑している傾向があるように思える。もっとも列車回数が少なくても利用者が少ない路線もあるので、一概には言えないが、列車本数については西高東低のような気がする。大湊から先、かつては下北交通が延びていたが、05年の時点で既にその姿はなかった。途中きらきらみちのくとすれ違ったが、見ただけに終わっているので、機会があれば乗車または撮影をしてみたいものだ。

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2009年6月 3日 (水)

十和田観光鉄道

050716towadakanko7701  05年7月16日。IGRで八戸入りして、八戸で列車待ちの間に駅前の出店で海産物を頂いて時間を潰す。東北本線普通で三沢まで行き、十和田観光鉄道に乗車する。レトロな、悪く言えば寂れた駅舎の三沢駅から発着する元東急7000系の十和田観光鉄道に乗り込む。土曜の昼間だったので利用者は少なく閑散としていた。地方鉄道にしてはそれなりの町並みの中を走るので、やりようによっては利用者が付くかもしれない。もっとも三沢へ出ても、青森までは時間がかかるし、第1次産業が多い町で電車を利用する人自体は少ないかもしれない。そうなるとお決まりのように高校生と通院のお年寄り頼みの鉄道となってしまう。クルマ社会はクルマ社会なのだろうが、社会構造に鉄道がマッチしていないところでは利用促進を行ったところで無理があるところもある。十和田観光鉄道に未来があるのかどうかはわからないが、車社会からの脱却だけでは生き残っていけないような気がする。

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2009年6月 2日 (火)

IGRいわて銀河鉄道・青い森鉄道

040814igr701  IGRいわて銀河鉄道と青い森鉄道には05年7月16日に乗車した。前身となるJR東北本線にはついぞ乗車することなく、3セクに転換してしまった後での乗車となった。学生時代から北海道や九州、四国などの3島は周遊券などを利用して乗りつぶしに出かけていたが、東北に関してはワイド周遊券がなくなってしまい、周遊きっぷではあまりメリットを見出せないため、北海道よりも近いのに遠い地域となってしまい、ほとんどの路線に乗っていない状態だった。このため主要幹線である東北本線さえ全線完乗していなかった。東北新幹線延伸により盛岡~八戸間が3セクに転換され、ついぞ東北本線の完乗は果たせずじまいとなっていまった。仕方ないので3セク転換後の両鉄道に乗車したわけだが、東北地方は相変わらず乗りにくいところで、この時には東日本と北海道の普通列車が乗り放題となり、さらに急行はまなすの自由席に限り優等に乗れるきっぷを活用した。関西では入手が難しいきっぷで、わざわざ京橋のツインクルプラザまで出向いてきっぷを購入したのを思い出す。

 当日は当初の予定とは違う予定で東北入りをし、IGR、青い森ともに予定外の乗車で初乗りを果たした。日本海で東北に入り、五能線などを乗りつぶして、はまなすで北海道入りして、北海道の路線を乗りつぶして、はまなすで東北に戻り、東北本線~青い森鉄道~IGR~花輪線と乗り潰して日本海で帰阪するルートを考えていた。しかし、不慮の事態で日本海に乗り遅れて、急遽18シーズンではないため空席があったムーンライトながらで東上して、東京から新幹線で盛岡までワープしてIGR~青い森と乗り継ぐ行程に変更した。盛岡からはIGRの7000系快速に乗って、青い森鉄道を通り越して八戸まで乗り通した。IGR7000系とは名ばかりで外観上は701系と全く同じ代物だ。車内がセミクロスシートになっているところが目新しいが、走りは701系と全く同じで、それなりに全速力で走るので車内はとにかくうるさい。

040813aoimori7012  今後東北新幹線が新青森まで延伸されると東北本線八戸~青森間は3セクに転換するものと思われる。盛岡~青森間の都市間輸送を担うとまでは行かないだろうが、盛岡都市圏、青森都市圏の2大都市圏を持つ路線となるため、3セクとしてはそれなりに恵まれた路線となるものと思われる。

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2008年8月11日 (月)

JR東北本線黒磯~福島間

040815tohoku719h10  04年夏東北遠征続編。福島まで阿武隈急行にて南下して、続いて東北本線を南下していく。福島~郡山間はこの遠征の行きで既に乗車済みだが、郡山~黒磯間は初乗りとなる。さらにはその先の黒磯~大宮間の初乗りとなった。福島から郡山まではもう見飽きた乗り飽きた感が充満していた701系に乗車。帰省から東京へ戻る人たちで701系は混み合っていた。郡山で455系黒磯行きに乗り換える。ここも帰省客で混み合っている。かつては特急街道として北陸とともに名を馳せた東北本線も新幹線開業後はすっかりローカル主体の路線へと変貌してしまっている。かつての栄光は知る由もなく、雑誌などで見るだけの華やかな世界だったが、485系や583系が闊歩していたのが信じられないような状況だ。18ユーザーが大半を占めているせいか、郡山~黒磯間の直通利用がかなり多かった。東京に近い地域ながら普段の利用率がどれほどなのか気になるところだ。

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2008年8月 8日 (金)

阿武隈急行

040815abukuma8100a115  04年夏の東北遠征の最後を締めくくるのは宮城県と福島県を結ぶ3セク鉄道阿武隈急行。8月15日に早朝から利府支線を乗り潰して、仙台へ戻り、続いて雲行きが怪しい中槻木から阿武隈急行の乗り潰しにとりかかる。3セク鉄道としては珍しい交流電化路線で、立派に電車が走る路線だ。国鉄型とは違った外観ながら、車内や走りは何となく国鉄チックな印象を受ける8000系電車に乗って福島までの旅路を楽しむ。阿武隈川に沿った道中は、なかなか景色もよく、電車はそれなりのスピードで走っていた。利用者も福島行きだったこともあり、福島に近づくに連れて多くなり、福島手前では結構な乗り具合だった。沿線人口はそれほど多くなさそうだが、仙台直通便などもあり、利用者減に苦しむ3セク鉄道の中ではまだまだ期待が持てそうな鉄道だ。

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2008年8月 7日 (木)

JR東北本線仙台~利府間

040815tohoku455s224  04年8月14日三陸海岸を南下して仙台に辿り着き、ここで1泊。翌日は東京へ向いて東北本線を南下していく。その前に早朝から東北本線利府支線の乗り潰しをしておく。もはや今は姿が見られなくなった455系に乗って早朝一番列車で仙台を出る。岩切までは数日前乗った時と同じ道中で、朝から天気が悪いのがわかる。いつ降ってもおかしくない状況だったが、利府支線に入って懸念していた雨が降り出した。東北新幹線の仙台車両基地を横目に案外?の走りっぷりであっという間に利府へ。秘境の駅かと思うと周辺には住宅があり、駅もなんとなく小奇麗になっている。駅の終端部の向こう側にはEF71、ED77などの残骸が並んでいた。かつて東北を闊歩していた機関車たちの終焉がこんなところにあるとは…。040815tohokurifu3

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2008年8月 6日 (水)

JR石巻線

040814ishinomaki485533  04年8月14日JR気仙沼線に乗って前谷地まで南下して、続いて石巻線乗り潰しに取り掛かった。まずは前谷地から入ってしまったので、とりあえず一旦小牛田へと出る。小牛田で即折り返すが、この間に臨時快速こがね号が到着したり、石巻線貨物が発車したりとなかなか面白いものを見られた。小牛田から再び石巻線に入り、前谷地をスルーして、石巻、女川と乗り潰しを達成する。女川に着いた時には日も暮れて、帰りは石巻から仙石線に乗って、仙台へ出て仙台のホテルにチェックイン。八戸から南下してきた三陸の旅もこれにて終了。あとは東京方面へ戻り、さらに東京からサンライズゆめに乗って大阪へ帰るのみとなった。

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